宮本常一は 亡くなる3年前の1978年に次のように書いています。
「私は長い間歩き続けてきた。そして多くの人に会い、多くのものを
見てきた。その長い道程の中で考え続けた一つは、進歩とは何で
あろうか、発展とは何であろうかということであった。すべてが進歩
しているのであろうか。進歩に対する迷信が、退歩しつつあるものを
も進歩と誤解し、時にはそれが人間だけでなく生きとし生けるもの
を絶滅にさえ向かわしめつつあるのではないかと思うことがある。
進歩のかげに退歩しつつあるものを見定めてゆくことこそ、我々に
課せられている最も重要な課題ではないかと思う」
民俗学者・宮本常一の代表作「忘れられた日本人」の中の傑作「土佐源氏」を読む
「私は長い間歩き続けてきた。そして多くの人に会い、多くのものを
見てきた。その長い道程の中で考え続けた一つは、進歩とは何で
あろうか、発展とは何であろうかということであった。すべてが進歩
しているのであろうか。進歩に対する迷信が、退歩しつつあるものを
も進歩と誤解し、時にはそれが人間だけでなく生きとし生けるもの
を絶滅にさえ向かわしめつつあるのではないかと思うことがある。
進歩のかげに退歩しつつあるものを見定めてゆくことこそ、我々に
課せられている最も重要な課題ではないかと思う」
民俗学者・宮本常一の代表作「忘れられた日本人」の中の傑作「土佐源氏」を読む
